一〇〇万台行こうが行くまいが、そんなの一般のユーザーには関係のないこと。 なぜ、こんな内輪のことを知らせなければならないのか。
ゲームの面白きと「一〇〇万台」の聞には関係、がないじゃないかと思うのが一般だ(私も当時、何が言いたい広告なのかと、不思議に思っていた)。 ところが、このキャンペーンには、極めて戦略的な狙いがあった。

その対象はコアユーザーだった。 自分の買ったプラットフォームが消えて、ソフトが出てこないという事態は、彼らは何度も経験している。
プレイステーションはそうではなく、勢いよくガンガン売れているというメッセージが「いくぜ一〇〇万台」なのであった。 ちょうど累計で八八万台売れた時だった。
プレイステーションはここまで本物になった。 買って何の不安もないということをみんなに知らせたかったのである。
実は、この不思議なキャンペーンには、もう一つの個人的な思いもあった。 それは、二カ月ほど前の日本経済新聞(九四年一〇月一八日)に載った任天堂山内海社長のインタビューを読んだEに、猛然と沸いて来た強烈な思いだった。
新聞記事はこう言っていた。 「セガ、ソニーがこの年末に相次いで三二ピット・ゲ−ム機を発売するが脅威ではないか?という記者の質問に対して、圏内にはゲ−ムマニアというべき層が三〇万人から四〇万人はいる。
セ、ガやソニーの次世代機はその程度の台数は売れるだろう。 しかし、松下のリアルも当初の販売目標には達していない。
松下が失敗したこのビジネスにセガ、ソニーが成功するとは思えない。 多くのユーザーは三1四万円も出して三二ピット・ゲ−ム機を買いはしない。
来夏には三二ピット機市場も淘汰されるだろう。 」。
Eは、思わず読んでいた新聞紙をくしゃくしゃと丸めて、床に叩きつけた。 「三〇万台はおろか、一〇〇万台だって実現してみせようじゃないか。

それもグ淘汰される。 という来夏前に!」。
山内社長としては、任天堂以外が成功するはずはないとするのは毎度のことであり、この発言も本音であった。 決して挑発ではなかった。
が、それを読む方は、それを勝手に解釈する。 この時のSCEIの社員なら、Eと同じことを誰でも思った。
これは完全に挑発であった。 台数の目標を山内社長からか指示4されたようなものだ。
これでEは燃えた。 この記事が、一〇〇万台キャンペーンの明らかな伏線となった。
コアユーザーは、そんな発言に敏感だから、プレイステーションの台数についても、大きな関心を持つに違いない。 コアユーザーはこのプラットフォームを買う際の判断材料として、ハードの台数の普及を見る。
その意味からも八八万台の時の「いくぜ一〇〇万台」は、重要な意味を持っていたのである。 「来夏」前の九五年三月を以て、「いくぜ一〇〇万台」キャンペーンを開始したのである。
そして「サービス満点」の理由その後、Eの打つ広告がプレイステーションを明らかに伸ばしたと実感させたのが、九六年夏の「サービス満点」キャンペーン告知だった。 本体価格を一万円安い二万九八〇〇円に下げ、守プレイステーション・ザ・ベスト・シリーズ−として定番ソフト八タイトルを、それまでの五八〇〇円の半値の二八〇〇円で再リリース。

それまで短いと不評だったコントローラーコ−ドも長さを一・二メートルから二メートルに延長することなどで「サービス満点、プレイステーション」をユーザーに強く印象付けた。 いや、違う。
これだけ揃ったから「サービス満点」ではなくて、迷いに迷った末に、決断した「サービス満点」だった。 「サービス満点」はキャッチの候補としては実は二番目のものだった。
最も有力だったのが「スカッと爽やか、プレイステーション」で、これには当時の内部状況が反映されていた。 それは、「ソフトメーカーからの要求に対して、ようやくこたえられた」から、一屑一の荷がちょっと下りたという当時の社内の気分を表したものだった。
そもそも当初、ソフト発売の初回枚数の最終的な決定と責任はSCEが持っていた。 ところがこの措置に一部ソフトメーカーからの不満がうっせきしていた。
自分の商品なのに、自分で販売数量を決められないことに対する不満である。 その問題が一九九六年五月に改定され、初回からソフトメーカーが自らの責任で数量を決めることができるようになった。
つまり懸案となっていた問題が一つ解消したのである。 だから、プレイステーションのスタッフにしてみれば、「一件落着で、スカッと爽やか」なのだ。
しかし、この名惹句はあまりに内部事情に寄りすぎているのではないか。 「そうなんですよね。

スカッと爽やか。 に決まる寸前で、結局、グサービス満点uにしました。
時の決断は苦労しましたよ」決めるまで二週間もかかったが、「サービス満点」は大正解だった。 テレビでこのコピーが流れてからというもの、売上はうなぎ登り。
まさにプレイステーションのタ−ニング・ポイントとなったのである。 それまで累計五〇〇万台が売れていたが、その後の勢いは、目覚ましい。
その直後、スクエアが大ヒットシリーズ、『ファイナルファンタジー』を持って、任天堂の次期ゲーム機N臼からプレイステーションへの移籍を発表したことも、大きく作用した。 「スカッと爽やか」でもウケたかもしれない。
しかし、流れを変えたのは、明らかに「サービス満点」であったとEは信じている。 「根拠があったことが、ウケた原因ですよ。
筋が良くなければ、いくら広告が巧みでもダメ。 会社に最高に貢献したのがこの。
サービス満点'ですね。 ちょうどこのあたりから真面目一本のT社長が、夜、欽みに行って、プレイステーションの社長だ』と言うと、モテモテになりましたね。
明らかに広告が効いているようでした」。 九七年四月のキャンペーンは、ゲームの広告としては、風変わりなものだった。
「よい子とよい大人のプレイステーション」「ゲームのやり過ぎに気をつけよう。 時間割りを決めて行動しよう。
ちゃんとお金をためて、ソフトを買おう。 すいかの食べ過ぎに気をつけよう…」もうその頃になると、誰が見ても、三つのプラットフォームのうちでプレイステーションがダントツの存在になっていた。

ゲーム戦争の決着はすでについていた。 フォーマットの状態をユーザーに告知するのが、プレイステーションの広告の目的であり、「フォーマット戦争に勝った」という大事な情報は、是非とも告知したい。
しかし、そのことをそのまま伝えるのは粋じゃない、というのもソニー仕込みのセンスである。 そこでAまるでゲームの広告とは思えない、広告を打ったのだ。
「まあ、余裕がなければ、こんなことは大々的には言えませんよね」(E)。 しかし、実際には「ゲームのやり過ぎに気をつけよう」は、意外に親にウケたりした。
「ほら、ピでもああ言っているでしょ、あんたのことよ」というわけだ。 コアユーザーからも反応があった。
広告は商品の「おもしろさ」があってニそ九七年の年末キャンペーンは・・・、再び、広告の力が試された時だった。 この時、日本全体の景気の悪さが、ゲ−ム業界全体にも波及し、一一月後半になっても、なかなか年末商戦が盛り上がらない。
ハード価格はすでに定価で二万円を切っているのに、低迷を続けたまま。 ここは広告で販売促進をしなければならなかった。


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